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コラム

livelight:おくりびと

2017/10/20 / livelight

 

ナイトムービーがありました。「おくりびと」です。英語ではdepartureというタイトル。旅たち、出発、逝くという意味ですね。私はこの映画を日本で数回、サンタフェで一回、そして今回、モントリオールで見ました。時と場所、観客そして私の心持ちによって、見えてくるもの、感じることが違う映画です。

 


今回は、「苦悩」で見ました。オーケストラのチェロ奏者になったけど、クビになり、故郷に帰る主人公。妻に先立たれた社長。子供を残し家を出た事務員。夫に先立たれた銭湯のおばちゃん。みんな苦悩を飲み込みながら生きている。登場人物の一人一人の苦悩を丁寧に表現している内容に、モントリオールで鑑賞した皆さんは、息をのんで、画面に見入っていました。上映が終わるとハッチンソンDr.から

「あまりにもショックなので、この映画については話をしません。ディスカッションしません。ただし、これから5分間、休憩してからマインドフルネスで美味しいチーズとワインのティスティングをしましょう。。。」

翌日に、
日本では本当にこんなこと(おくりびと)が行われているのか?とロサンジェルスにて死体監視官をしている60代の男性に聞かれました。自分の息子の友達が交通事故で亡くなって葬儀に行ったことがある。彼はタイ人で葬儀は、仏教に基づいたものだった。とても美しかった。と話をしてくれました。死体監視官をしている彼は、自殺者や、事件性のある人、老衰などで亡くなった人の死体と日々向き合いながら、全人的にどのように向き合えばいいのかと苦悩し、そしてチャレンジしようと参加していました。

それぞれが抱えている個別の苦悩は、その人の苦悩であり、言葉や経験にて共有することは、難しい。でもそれは、あなた一人が特別ではなく、それぞれがそれぞれに苦悩を持つ人間だということ。だからこそ、人と人が出会い、話をして同じ空間と時間を共有して、生きている。

映画「おくりびと」では苦悩が生き生きしていた。
父との苦悩。
パートナーとの苦悩。
子供との苦悩。
孤独の苦悩

「死ぬ気にならなきゃ、食うしかない。
食うなら美味いほうがいい。」
「美味いだろ。」
「美味いっすね。」
「美味いんだよな〜困ったことに。。」

孤独に苦悩を背負いながら、一生懸命に生きる姿は
山や川、空の風景で生かされている
私たち人間の「ありのまま」な「ビーハッピー」でした。

(苦悩とは何か 肉体ではなく、人間が苦悩するのである。苦悩の基本的な事実は明白である。苦悩のみられるいかなる状況においても、その苦悩が生じた意味と将来への見通しがきわめて重要である。たとえば痛み、身体症状、死別や絶望などがみられる場合、苦悩が持続するかどうかは、それらが起こっていることの意味や将来への見通しによって決まる。肉体そのものには痛覚があり、感情刺激に対しては神経内分泌的に反応するが、肉体は意味や将来への見通しを知覚しない。人間のみがそれを知覚する。(新たな全人的ケア(医療と教育のパラダイムシフト) 第二章より引用))