いの地:あまーい、どら焼き食べたいんです。

息子さんの法要に同行させていただいてから、2回目の訪問。ケアマネジャー、訪問看護の人とも彼女の「苦しみ」は何かを彼女が今、生きている生活の中で少しでも満足がいくように援助していけるようと、話を共有しながらの訪問でした。

部屋に入ると、少し段ボールが少なくなったような壁が見えるようになってきた。センセーお待ちしておりました。よろしくお願いします。調子はいかがですか?はい。調子はおかげさまでいいです。そうですか。足はいかがですか?はい。足のむくみもいいです。夜は眠れていますか?はい。眠れています。

とおっ。とても調子がよさそうだな。これも法要に参加した効果か。と勝手に思っていたのもつかの間、

でもね。センセ。入ってくるんですよ。三人組がそれでみんな盗んでいってしまうんです。一人は子供なんです。だから、私、シーツの下とか、いろんなとこに隠したり、これを(5重にくるんだ財布)巻きつけて寝るんです。

あー始まってもうたー「盗られる」物語。盗られる物語は3つほどあって、それが限りなくループしていきます。でもね。センセ。でもねセンセ。でもね。センセ。一つ一つのストーリーが長い。

私の顔を見ると、あっすみません。この間、法要の時に預けたハート型のケースがないんですけど(返してくれますか)ニコリ。笑み。私は、ドキドキして厳しい顔で、ハート型のケースは、ありませんでしたよ。私は、持っていませんよ!と、語気強めに。あーそうですか。と残念そうな彼女。

頭の整理をするためにお薬はいかがですか?とドクターの提案に、それは何のお薬でしょうか?私は、三人組に困っているだけなのですが。。チーン。

今度、また食べにいきますか?何か食べたいものがありますか?答えに窮した私の口から出たのはデートのお誘い。すると彼女は、

あまーいどら焼き食べたいんです。
ハイ。

と返事の前に「あまーい、どら焼き」が出てきた。そして我に返った笑顔。ニコニコ。分かってますよ。前回行けなかった、森八のどら焼きですね。そうですよ。よくご存知で。いつ行けますか?いける日程は早めに教えてくれないと、私困るんです。

ニコニコの笑顔にドクターも私もニコニコと共感しながらも、「ごめんね。私は人の扱いがわるいから。」とつぶやいていたことを思い出しました。

あまーいどら焼きが食べたいんです。
とても魅力的なスィーツ女子です。

いのち:あしもとが見えんと。

月に二回の定期の訪問診療。前回は、Orihimeで家の周りをみてもらいました。調子はいかがですか?のDr.の声かけに、調子いいです。ご飯もたべれています。よく眠れています。と決まった返事。

すこーし食べる量が減りましたが、元気です。とお嫁さん。私は、お盆がすぎた20日の診察だったので、今日は8月20日でお盆ももうすぎましたね。と聞くと。ほやね。今は、畑は何をされるんですか?秋野菜の準備もされるんですか?と聞いてもそやね。暑いから。とあまり興味がありませんでした。

今、96歳ですね。とお伝えすると。そうやね。歳をあげるっていうのに、誰も受け取ってくれないんです(ニヤリ)。皆さん長生きでしたか?とたずねると、周りがみんな亡くなってしまって、みんなの分も歳ももらってるんですわ。と息子さん。

(ご本人の)お父さんは長生きでしたか?と聞くと、父親は、早くに死んだんです。山奥だから、医者もいなくて、ある時、坊さんがきて、お前がやれと言われて、なんか、そういうことをやっていたわけです。医者のかわりに。「見えたということですか?」ヒーラーみたいな。はいそうです。

いろんなところから来て、自分の前でお代金はどうしますか?と聞いたときに、それは、あなたたちが電車でいくら払おうか、相談した金額で結構ですよ。と答えていたそうです。

でも修行とかしていたわけでなくて、全部引き受けてしまうんでしょうね。そんなことをしていたから、父親は早くに亡くなってしまったそうです。そうなんですねーと聞いていたら、

「先のことが見えても、どうしようもありません。あしもとが見えんと。」

長老はニッコリとされました。
今日も貴重な機会をありがとうございました。

安心してください。

お迎えに行くと、玄関の真正面で靴を履いて、押しぐるまを前において、準備万端でした。私の顔を見ると、あら。こんな人だったかな?とちょっと戸惑いながらも、車に乗り込みました。今日はすいません。ありがとうございます。お数珠もかしていただいて、何から何までありがとうございます。いえいえ。

100歳近いお婆さんと、御施餓鬼法要に参加しました。今年は十七回忌だから。行っておきたい。来年どうなるかわからないから。突然いなくなった子どもだから。。

寺に到着すると、墓の隣に車を駐車。お墓もこちらにあるんですか?そうです。あちらの奥に家の墓があります。玄関先でお寺の奥さんに会い、今日のお参りになるまでの経過を説明しながら、奥さんは、ニコニコっとされながら、よーお参りにきてくれなったね。暑いねー。足元気をつけて。とお婆さんをガチっと支えてくれました。

本堂に上がると、数名の僧侶が太鼓やリン、拍子木などをたたきながら御経をあげていました。堂内に響く「南無阿弥陀仏」を聞きながら、受付で、お参りの説明。どうやら申込みはしていないらしく、申込み用紙を渡されるが、書けない。息子さんの十七回忌なんです。と伝えると、今は平成三十年だから、と過去帳で過去をふりかえる。

確かにありました。
息子さんがここにいました。

私は足が悪いから、あなた代わりに
焼香してきてください。
え!あ、はい。
と返事をして〇〇家として
焼香させていただきました。

お昼のお弁当をいただき、
車まで見送ってくれる奥さんに
お参りのお礼をお伝えして、
お婆さんが息子さんのことを
気にかけていることを伝えると

そうですよね。
分かりますよ。分かります。
でも安心してください。
私たちがお守りしていますから。
彼女のお父さんも、お祖父さんも
ご先祖様もお守りしていますから。
とニコニコっと伝えてくれました。

南無阿弥陀仏

いのち:あちらとこちら

ドクターの診察にOrihimeさんも一緒に同行しました。おばあさんは、外に出たいけど、90歳もすぎていて、起き上がろうとすると、腰が痛くて起き上がれない。だから、ずっと部屋の中で、天井とテレビを見ている毎日。

月の二回の訪問診察では、以前住んでいた自分の家の裏山の畑のこと。山にいって山菜をとったり、夏野菜の準備をしたり、ジャガイモの収穫をしたり、と夢をみる。と聞かせてくれます。

彼女の代わりに、今まで住んでいた家にOrihimeが伺ってみるのはどうかと思い、まずは家の周りをOrihimeで散歩して見るのはどうかと思い訪ねました。

部屋でドクターと一緒にiphoneの画像を見ながら、用水路、隣の畑、庭の鉢。サボテンの花を見ました。

部屋に戻って、今見えていたのは、外の景色ということ。家の周りの様子だということを伝えました。「ああ、そうか」といった感じで特に何もない。

裏山を見に行きますか?と聞きました。
いいえ。行きません。いつも家にいます。
とおばあさん。

お父さんが作った炭を
肩にかついで、
山から降りてきたり、
畑の作業を
毎晩、やってます。

朝、目がさめると、
今、自分はどこにいるのかと、
家族の人に聞くそうです。

おばあさん、あちらとこちらを
自由に行き来しているようで。

いのち:お浄土の道は遠いから

日曜日の午前中にDr.と部屋に伺いました。訪問看護師から、これから起こること、いつ起きてもおかしくないこと。今の身体のことを家族に話をして欲しいと依頼があっての訪問でした。私は初めての訪問。

部屋に入ると、息子さん夫婦。お孫さんとその子供達で、賑わっていて、一番奥のベットにご本人が仰向けで、大きく息をされていました。口があいていて、舌が丸まったようになっていて、鼻には酸素の管がついていて、息を吸って、息をはいて、息を吸って、息をはいて、息の繰り返しだけでした。

おじいさんの呼吸だけをみていると、自分たちも同じ呼吸になってしまいそうで、そこには、スペースができていました。「息をのむ」

「昨日までは、できていた。」「この検査はした方がよかった。」「これからどうなるのか。」
息をしているおじいさんの隣で息をのまれてしまうと、何かを掴もうとする。何かを掴んでいたいと思う。

私はおじいさんの手を握って、喉は渇いていないですか?と触れました。水はいりませんか?と聞きました。全身で息をしながら、首を横に動かす。子供たちがよってくる、おじいさんと握手した?おじいちゃん、こんにちは。って握手して。と小さな手とシワシワな手が触れる。息で精一杯だけど、頷いている。わかっている。息子さんもお嫁さんも触れる。

触れることで、のまれていた息が、現実にもどりました。娘さんも会いに来た。おじいさんに触れながら、奥さんをつれて来ようかと。別の所に住んでいる奥さん。そうですね。連れて来てくださいといいながら、私たちは部屋を出ました。

数時間後、呼吸が停止しましたと訪問看護師より連絡を受けました。再び部屋に伺うと、椅子に座った奥さんが、日向ぼっこをするように座っていました。

旦那さんの手を握っていたら、手が冷たくなって来て、息をひきとられたそうです。奥さんは、数日前に会いに来た時に、いろんな話をして最後「お浄土の道は遠いから。」と背中をおしたそうです。

おじいさんは奥さんの手を握って安らかに向かわれたようです。

いのち:旦那が亡くなってしまったんです。

はじめに彼女に会ったのは私がオレンジホームケアクリニックで働き始めた5年前。旦那さんは難病で在宅で生活をするために、看護師、介護士、リハビリ、Dr.、ケアマネ、近所の人と一日の間に、入れ替わり立ち替わり、人が出入りしていた時。一つの事に集中するのが得意な人なので、訪問時間が遅れたり、いつもと違う人が来たりすると、少し感情的になる人。

その年の夏に旦那さんが亡くなりました。それ以来、月に一度、会いに行っています。一年目。二年目。彼女は毎月日帰りのバス旅行に一人で申し込み、旅行先で友達をつくってまた旅行に行くことを繰り返していました。

三年目を過ぎた頃、実家の墓を整理して、福井の海が故郷になりました。そして会ったことのない父親を戸籍をたどって探しだし、再婚していた父親の家に手紙を出して、父の写真を送ってもらい、父と対面しました。初めての父の顔。

四年目。ハローワークに一緒に行きました。履歴書につける写真を取りにカメラのキタムラに行く時の勝負服の色は、「赤」。旦那さんを無くしてからの復職した職場では、色々な作業を求められ、混乱してしまって感情的になって辞める。カフェやパン屋、幼稚園と近くの職場を求めて探すがいずれも叶わず、シルバーセンターに出会う。そこには、数々の仕事があり、これもあれもそれもと、気がつけば四箇所の仕事を掛け持ちのキャリアウーマンに。

私の月に一回の訪問は、旦那さんが亡くなってからの数年は、家に伺い、寂しさ、苛立ち、不安、をきいていましたが、いつしか、丸亀製麺にいったり、はま寿司にいったり、ミスタードーナツにいったり。

ある時、鰻屋に行きました。その鰻屋は旦那さんと何回も何回も行っていた馴染みの店。亡くなる前、タクシーで食べに行ったが満席で食べれずに泣く泣く家に帰った鰻屋。

席についてメニューを持って来た女将さんの顔を見るなり、ポロポロと落ちる涙。

きいてましたよ。
女将さん。旦那が亡くなってしまったんです。
わかっていますよ。きいていました。
女将さん。旦那が亡くなってしまったんです。
今日は美味しい鰻を食べてください。

言葉は必要ありませんでした。
鰻がうまかった。

先週、彼女に会いに行ったのですが、来月の予定の話になりました。旦那さんの命日が近いので、お経さんでもあげましょうか?と聞きました。私はバッチリと袈裟をきて、長めのお経をあげようと思っていたら、彼女から一言。

そのあと、「はま寿司」いける?

いのち:どうしてこんなになってしまったのだろう?

100歳近いおばあさん。立ったり、座ったり、トイレに行ったり、ご飯を食べたり、買い物に出かけたり、警察に行ったり。全部、自分でできる。

でも、
夜になると誰かが窓から入ってきて、ものをとっていく。
スタッフの人がはいってきて、ものをとっていく。
病院にいっても、あまり、みてくない。

戦争での虚しさや恐怖。
夫との別れと不安。
息子との別れと愛情。

どこにいっても
だれとあっても
うまくいかない。

枕の下にはたくさんの郵便物
シーツの下にも重要書類
ベットの脇にも箱があってそこにも紙。
窓際には衣類のダンボール。

最近、新聞の字が見えなくなった。
下の掲示板に何が書いてあるのかわからない。
お寺からの手紙の内容もわからない。

部屋に訪問すると、何か探し物をされている。
恐怖と不安と
生きることへの欲、渇愛。
虚しさ。苦しみ。

どうしてこんなになってしまったのだろう。
わたしにはわからない。

せんせ、何もないですが、
りんごジュース飲んでください。

ゼリーのカラのグラスに注いでくれた
りんごジュースは美味しかった。

いのち:いいも。わるいも。こんなもんや

101歳の彼女はいつも、Dr.と私が部屋に伺うと、「ありゃ。お客さんか。じゃあ私は、どこかに退散しようかな。」という表情をされながら、深く持たれた椅子から動こうと、少し手を動かします。あなたに会いにきたんですよと。娘さんから言われて、一体、何が始まるんだろうと不安になりながら座りなおします。

座っている椅子を動かされて、Dr.と正面に向き合います。急行電車の向かいシートのように近い。「調子はどうですか?」と聞かれ

「いいも。わるいも。こんなもんや。」
といつもの答え。
「なんか、あったときは、そんときや。」
とつぶやかれます。

血圧測定器が左腕に巻かれ、
少し締め付けられてくると

「ひゃー痛いー。なんじゃ。ひゃー」
とビックリされます。

測る前に、「痛いですよ!」と宣言すると、少し我慢をされますが、いつも決まって、「痛い。なんて痛いんや」とコメント。

そんなビックリおばあさんですが、若い頃は車に引かれ、命が絶えたカラスや猫、犬、動物たちを丁寧に埋葬されてきたそうです。この猫たちは、うちで産み落としたんです。

猫たちが我が物顔で机の上に寝そべっている。

生きとし生けるものに慈しみ。
101歳の女性。
「なんか、あったときは、そんときや。」

いのち:せんせー私のことを忘れないで!

以前は、お父さんと二人暮らし。お父さんに病いがあって、ドクターの訪問診察が月に二回行われていました。私も、不定期ですが、訪問していました。

いたいー痛いー
肩がイタいー
背中がいたいー
いたいー痛いー

とつぶやかれる人で、部屋の壁には広告紙の文字を切り抜いて、貼り合わせた芸術作品が張り巡らされて、つぶやき詩集もありました。

ドクターが痛いですねーどこが一番痛みます?痛いですねーと診察をしている隣で、おばあさんは、深い息を吐き出すように、じっとされていました。おばあさんはどうですか?と聞くと、目が見えにくいです。と丁寧に答えてくださいました。部屋はお父さんのつぶやきと芸術作品に溢れていて、その中に、白い花のように、そっと座っていたおばあさん。

数年がたって、家を離れて、共同生活になって、お父さんがなくなりました。おばあさんのベットの上にはお父さんの写真が何枚か飾られています。

今も、定期的にドクターが訪問していて、私もときどき伺います。

せんせー
お忙しいのにいつもありがとうございます。
お待ちしていました。

と玄関で出迎えを受けて、部屋に案内される。清楚な部屋、白い花の香りが立つような気持ちいい空気に満たされています。窓の外には、緑の野原が広がる。

調子はどうですか?
せんせー。本当に幸せです。
こんな所に住めて、
こちらの方も本当に優しくて。
本当に幸せです。
そうですか。よかったですね。
どこかに出かけましたか?
いいえ。
あら、この前行きましたよ!と職員の人。
そうでしたか?
春江のゆりの里に行きましたよ。
と聞くと、おばあさんは、満面の幸せいっぱい笑み。
そうでした。「ゆり」がいっぱい咲いていました。

せんせー。
毎晩寝るときに、先生の顔を思い出して寝るんです。
ありがとうございます。お父さんはどうですか?
お父さんは毎晩、拝んでいます。
お父さんは拝んでいるんですね!
はい。せんせー私のことを忘れないで!

診察が終わって、
おばあさんとドクターは手を繋いで
ヴァージンロード。
写真撮りますねーと言った途端、
おばあさん、ドクターの手を自分に引き寄せて

イヤだー
はずかしい。

お花が満開。
恋の季節です。

写真は春江の「ゆりの里」です。